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車ほど楽しいものはない、とみんなに教えてあげたい
好きな歴史上の人物を教えてください
松下幸之助

(松下電器産業株式会社の創業者。独自の思想と天才的な経営手腕を発揮して、松下電器を世界的な総合家電メーカーへと成長させた。)

日本中の家庭を明るくしたい。そんな動機で会社を創ったことが、すごく好きです。歴史上の偉人たちの伝記などは、僕は疑いながら読んでしまいます。伝記って自分のことを、いい人、すごい人のように書いてある気がしてしまって。その点「家庭を電球で明るく照らしたら、家族みんなが楽しい生活をおくることが出来る」という考え方は、単純だけど、当たり前のことだと感じて納得できます。人を助けたいとか、世の中のためという発想で、一生懸命になれる人ですよね。僕は「本当の車の楽しさを、もっと多くの人に知って欲しい」という気持ちで今の仕事をしていますから。素直な気持ちで行動している、という意味で共感できます。
座右の書・感銘を受けた本を教えてください
松下幸之助の本全般
特にこの本!というものはありません。色んな著書を読んで納得して。自分の経営への想いと重なるところがあれば、社員たちに伝えるようにしています。中でも印象に残っているのは「500人くらいの社員数であれば、毎日全員の顔を見て、全員に声をかけろ」という 言葉です。今、うちの従業員は4人ですが、過去に店舗展開に伴って、13人まで人を雇ったことがあります。その時、僕は全員の顔を見ていませんでした。すると、いつの間にか、社員の中に不誠実な仕事をする者が現れて、店舗を1店撤退することになりました。松下幸之助さんは500人ですよ。うちくらいの社員数なら、毎日5回くらい顔を見られる、という話ですよね。(要するに僕は社員達を敬っていなかったんだな)と、父の言葉も同時に思い出しました。経営者としては苦い経験ですが、多くのことを学ぶことが出来ました。
習慣としていることを教えてください
毎朝コップ一杯、花に水をやる
家族の中で、一番植物を育てるのが上手いので、花に水をやるのは、もっぱら僕の役目です。植物って葉が黄色くなって枯れ始めたら、もう根が腐っていて、手遅れなんですよ。ほんの少しの変化に気付いて、水のやり方を変えることが大切です。最近は会社や人間も同じだと考えるようになりました。前の質問で、社員の顔を毎日見る話が出ましたが、今ではこちらも習慣です。経営者でありながら、自分の会社のささいな変化に気付くことが出来なかった。当時の僕は、従業員の数が増えるにつれて、皆の給料を稼ぐことばかりに気を取られていました。元々、僕が車好きで、車の面白さを伝えたいという想いで始めた会社です。そんな根っこのところを忘れてしまったのです。だから、枯れてしまった。僕自身が楽しんでいるかどうか、ということ。社員たちが楽しんでいるということ。今は毎日、そんなことを確かめながら、社員たちの顔を見て、花に水をやっています。
生き方・考え方に影響を与えていると思う出会い、言葉を教えてください
父が贈ってくれた名前と言葉たち
小学校を卒業する時、担任の先生から「太陽となれ」との言葉を頂きました。「夜が明けるから太陽が昇るのではない。太陽が昇るから夜が明けるのだ」という意味です。僕の名前には太陽を意味する「陽」の字があります。小学生の僕が思い出したのは、父に教えてもらった「太陽のように、まわりを照らす人間になれ」という名前の由来。父は僕に医者や弁護士になって欲しいと期待していました。ところが僕は小学校の後半から、だんだんと学校に行かなくなり、15歳の時には家を出ています。自由にやりたい気持ちがすごく強かったんですね。そんな風に父の期待を裏切ったにも関わらず、仕事を始めたら父の言葉ばかりを守っている。座右の銘も、車が好きなことも、経営者として大事にしていることも、全て父の影響です。不思議な話ですよね。そもそも、家を出た動機でもある「自由」のイメージは、父に借りた車雑誌の中に見た「自由」だったのですから。そのくらい僕の人生にとって父の影響は大きく、今は素直に父からの贈り物を大事にしていきたいと思っています。
最後に京都という地で事業を展開してよかったこと、大変だったことを教えてください
京都人は衝動買いをしない
京都と滋賀の店舗で比べると、滋賀のお客様の中には衝動買いをする人がいて、京都の人はしない。そのくらいの違いを感じますが、とくに京都だから良かったとも、難しいとも感じませんね。京都で生まれ育ったので、京都で会社を立ち上げるのは、自然な流れのように感じます。独立したばかりの頃、取引先の経営者たちに「京都で成功すれば、全国どこに行っても成功する」と激励の言葉を頂きました。しかし、独立前からお付き合いのあった方たちには、独立後も贔屓にして頂きましたし、「京都ってそんなに難しいものかな?」と、あまり実感は湧きませんでした。初めて車の仕事に携わった頃は、営業で飛び込んでも、相手にされないことが有りましたが、僕の車の知識が素人同然でしたから。独立した時に応援してくれた人たちのことを考えたら、京都人は情に厚いと思います。良いも悪いもありませんね。
    
(記載内容は2008年5月時点における情報です)